はたらかない私の生活ブログ

とあるひ、 私は ” なにがあってもはたらかないぞ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶” と、きめた。そして歴史は動いた。

「何があっても働く」

「死んでも働く」

そうだ それがかっこいいし、それこそ生活だ。

 

そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

 

しかしながら色々あって行き着いた占い師さんにこのような言葉を頂戴しました

 

「何があっても働かないぞと決めなさい」

 

そうか。

盛り込むのではなく、むしろ差し引く。

 

「●●はサブスク」という言葉が最近流行りらしいですが

ここは生きるにあたり「旦那はサブスク」という観点を取り入れていいのかもしれません。

やるやらない、関係者との関係がどうこうとかその辺は全く別の問題なのですが

極端に言うと「身内はサブスク」という発想ができるわけで。

 

サブスクということは解除が可能。

 

うおおおおおおおお٩(๑❛ᴗ❛๑)۶おおおおおお

 

そして決めたわけです

 

なにがあってもはたらかないぞ!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

楽しんでいれば、「はたらく」という概念は念頭から消えてるわけだし。

このご時世になんと言う妄言を・・・と思う気持ちは、さっきもえるゴミに出してきた。

 

いぇーい 未来 最高!

 

「何があっても働く」

「死んでも働く」

そうだ それがかっこいいし、それこそ生活だ。

 

そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

 

しかしながら色々あって行き着いた占い師さんにこのような言葉を頂戴しました

 

「何があっても働かないぞと決めなさい」

 

そうか。

盛り込むのではなく、むしろ差し引く。

 

「●●はサブスク」という言葉がある。

 

ここは生きるにあたり「旦那はサブスク」という観点を取り入れていいのかもしれない。

やるやらない、関係者との関係がどうこうとかその辺は全く別の問題なのですが

極端に言うと「身内はサブスク」という発想ができるわけです。

 

サブスクということは解除が可能。

 

うおおおおおおおお٩(๑❛ᴗ❛๑)۶おおおおおお

 

 

この発想は私を大変自由にしうる!

 

そして決めたわけです

 

なにがあってもはたらかないぞ!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

楽しんでいれば、「はたらく」という概念は念頭から消えてるわけだし。

このご時世になんと言う妄言を・・・と思う気持ちは、さっきもえるゴミに出してきた。

 

いぇーい 未来 最高!

 

私が私であるため


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汚いデスク(笑)
でもすぐ綺麗にできる自信がある。

「ブログに色々ぶっちゃけてますけど恥ずかしくないんですか?」

と、問われた。

その、「恥ずかしくないんですか?」の内容を問い忘れた。

自分のことを恥ずかしがる方が、恥ずかしいと思うんだ。

やたら恥ずかしがる人の大体は「何かしら後ろめたいから」恥ずかしい、ってのが恥ずかしがる理由だから。

多方面にわたる思いやり、配慮由来で自分のことを書かないことは美しい在り様だけど、それは自分と周りに余裕がある人がすることだ。

私は隠すことによる害悪を突破するために、恥ずかしい、本来であれば隠すべきであると思われることを露呈することにした。

それが私のブログの始まりなんだよね。

こんなに恥ずかしい私が今更何を言ったって書いたってこれ以上恥ずかしい訳がないだろ!もう隠すな、晒せ!と。
(ほぼほぼ暴露療法に該当すると思う。)

だから、私と私の身内は切り離して見てほしいという願望はあるけど、恥ずかしくはない。
それが私だから。

むしろ変な誤魔化しをしなくていい解放感の方が強い。

この年にもなって未だにコミケの熱気を感じたことがないのが恥ずかしいとか、
変態仮面鈴木亮平のケツが見たいとか、堂々言えることのほうが快感。

否定的な人がいても「あ、(この人は)そうなんだ!?」とか「なんでこの人はそんなこと言うのかな?」とか思えるし。

自分に直球でいられるのは快感だ。
複雑であること、そうある必要性を強いられる方が辛い。

私はアイドルではない。
イメージは大事だけど、だからこそ私である必要があると思ってる。

本当に私が私に戻ってきているなら、読んでくれてる人はそいつをブログの内容で理解してくれるだろうと思う。
理解していて祝福と共に私を改めて受け入れてくれる人もいるかもしれない。

理解しない人もいるかもしれない。
うまくいったら途端に嫉妬起こす人もいるかもしれない。

でもそんなの、実際のところ今とたいして何も変わらない。
人の出入りはあっても、理解者と否理解者がいることは変わらない。

私の土台はしっちゃかめっちゃかだった。
このブログに貼った画像の机の汚さよりもっと汚かった。
実際、数年前まで私の机はほぼこれよりひどい、無秩序な汚さだった。精神状態同様。

でも今は家も机もある程度綺麗な状態をキープできるし、今日みたいに机が汚くなってもすぐに綺麗にできるという、自信もある。
実際そうだし。
洗い物は嫌いだから中々やらないし、時々やってもらってるけど。(^-^;

でも、そういった事情があるからこそ、土台である私と私の環境を整えるためにもブログを大いに利用させてもらってるのさ。


~という回答をしたかったけど、何しろ必要になる説明が長いのでうまく答えられなかった。

「私が私に戻るためにやってることだから、恥ずかしくない。てか、恥ずかしいとか恥ずかしくないとかそういう事言ってられる余裕がない状態だから書いてるのよ。」

~と言えば通じたのかなあ?

思ったこと色々。


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所詮ホットケーキとなめてかかってたらおいしかった。


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これはどう見ても目玉焼き。


こんなんならケンタッキーのが気楽で安くて旨い。


値の張る料理も、食べることに面倒臭さを感じさせるようなものはどんなに美味しくても面倒臭くて旨くないでな。

まあ、これは人も同じかもしれんな。
だから私は友達が少ないのかも...というか、実際のところはまだ「いない」のかもしれない。
かもしれんなとか言ってるけど、実際のところそう信じ込んでいるところがある。
それこそ間違った思い込み、認知の歪みってやつかもしらないけど。

むあ、この辺りのことはわからん。

さてはて。

内省なんてものは自分の生活を送れてる奴が初めてできるものなんじゃないかと思っている。

他人の目、誤った思い込みに左右されるような精神状態で生活してる人は根本的な問題はどこかを長い目で見つめる必要はあるかもしれないけど、1日のうちの細部に目を向けようとすると大体検討違いのことを考える可能性が高い上に行き着く先は自己否定だから。


内省は重要だとおもう。
内省をやるなとは全く思わない。
むしろやるべきだと思う。
でも、毎日やるにはある程度の心身の健全さが必要になると思う。



今日ようやく過眠の原因が大体スタミナ不足にあることがわかった。
低血糖症ではないかも疑わしいが、とにかくスタミナが足りないっぽい。
アリナミンA飲んだら午前中起きていられた。
午後やはりバテて寝たけど。

からだの不具合に関しては今治療してる婦人病だけではないと思うのよね。

そもそも私はなんでこんなふうになったのだろう。


先日の友人だと思っていた人のおかげで小さく演じてた自分が少し殻を破ったようだ。
発言内容や行動から微妙に違い・変化が見られる。
これはよい傾向だと思う。

このまま致命的なコミュニケーションに関する自分の問題もよい方向に向かうともっといいのだけど、この挑戦は1度全て失うかもしれないという覚悟も必要なのでドキドキ。

全て失ったところで、それはそれでいいと思っている節は多分にあるのだけどね。

本当に、私はどんなルートで変わっていくのだろう。

友達が友達じゃなかった。

友人と会ってきた。
そのあと旦那さんと合流、映画を見た。
映画面白かった。

旦那さんと合流した際、私の人間嫌い傾向を心配している旦那さんは「どうだった?」ときいてきた。

私は「うーーーん。。。なんとも。。。」と、回答した。

美味しくランチしながら近況をきいていたんだけど(この辺はあとで。)そのあと、友人はゲームを買った。
買う際私に荷物を持たせた。
そのとき乱暴にただ一言「持ってて。」と、乱暴に押し付けてきた。

押し付けたのは私が彼女に「誕生日迎えたから」とプレゼントしたケーキなどが入った紙袋だった。

私は「荷物もちかよ。」と、笑って言ったが正直かなりショックだった。

「『悪いけどちょっと』持ってて」などの枕言葉も一切なし。

持つのは構わないのだが、「えっ!?」と思った。

正直本当に結構ショックだった。

彼女は前々から私に対する扱いが雑だったが、私が卑屈だったこともあり
「そう言うなよ~」
「またまたそんなこと言って本当は私のこと好きなくせに~」
などと、ヨイショしながら粘着することでもってた関係だったけど、ここまで私に対する扱いが雑だとは思わなかったしわからなかった。

ご飯を楽しく食べている最中に(のろけではなく事実として真顔で)旦那さんの行動で安心した話を1つだけしたら彼女は私に
「ノロケか!」
「ハイハイごちそうさま」
と、言っていた。

あなた昔数時間にわたって私にノロケ話を聞かせてたじゃないか。

なぜ、「良かったね」と喜ばないのか?

ただ、わからなかった。


聞くに彼女は相手さんと今うまくいってないらしい。
別れるのも面倒くさくて今に至ってるとか。
まあ、今はすべてが面倒くさいらしい。

そして彼女の顔色は悪くなってる。
体の状態は悪そうだ。
原因不明の子宮内膜症とストレス由来の手荒れもかなりひどくなっていて、足もひっかいていて血が出ているらしい。

話を聞くに仕事や恋愛で相当ストレスがたまっているらしい。
相手さんに対して「私は子供の相手をしているんじゃない、私の話も聞いてほしい」という不満などを抱えていた。

幸せに暮らしているものだとばかり思っていたのだけど、未だ籍を入れていない旦那さんも忙しさでげっそり痩せてしまったらしい。

相手さんのことをなんだかんだと文句を言いつつ心配しているようだけど、
「何で付き合ってるのかんからなくなってきた」とか「何もかもが面倒くさい」とも言っていた。

でも一方で(相手さんとなのか友人となのか知らないけど)アジア中心の海外旅行を楽しんだりホテル宿泊したりディズニーランド行ったり好きなものを買い漁っているようだ。

本当によくわからない。

仕事には厳しく真面目で優秀な方だと思う。だけど、辺りに怒鳴り散らすらしい。

正直殆んど全てが子宮内膜症のせいじゃないかとも思って心配しているのだけど、治療そのものをほぼ投げ出している。子供生む気もなければ子宮を取る気もない。

仕事はできる。
頭の回転もとても早い。
お金のやりくりもとてもうまい。
しかし怒鳴り散らす。
上司さんも下手に出ている模様。

根は優しくていいやつだと思っていたのだけれど、行動や発言、所謂行動パターンか高校時代と何も変わっていなかった。
というか、悪いがむしろ悪化していた。

そんな彼女は私を「服装以外何も変わってない」と言っていた。

もう本当に訳がわからない。

「旦那さんと映画見るから。」と、別れたところそのときも「いーねー、旦那さんと映画。」と、何を考えてるのかわからない発言をしていた。

旦那さんはその様子がちらっと見えたらしい。

で、冒頭に戻るわけだけれど

旦那さんは「ぽえぽえの友人だから悪いけど遠目でも "あ、こいつは自己中なデブだな"と思った。」と言ってた。

自己中。

「行動に対して悪いとも思ってない。
「何も」思ってない。
ただ、それだけ。

今日だってぽえぽえに言ったことや行動にあのこは何も思ってないと思うよ。」

と言った感じのことを言っていた。

そうか、と思った。
悲しかった。

元々合わないことを理解した上でそれでもなんか気になるからと食いついて友達になろうとして友達になった相手だったのだけど、理解した。もう会いたくない人だ。
心配だけど、会いたくない。

仕事はできる。結果も出す。お金も稼ぐ。
でも高飛車。怒鳴り散らす。愚痴が多い。
買い物大好き、高級感大好き。
ディズニー大好き。
して欲しいことを言わない。
して欲しいことを相手が自動的にしてもらうために動く。
家事やおじいさんおばあさんの介護をやりきった。
趣味の合う友達も沢山いる。
病気とストレスで体がボロボロ。
前以上に太ってしまった。

 
正直なところ、私がこうならなくてよかったとも思った。
同じようになり得ていたからだ。
でも私はそうならなかった。

「仲の良すぎる家族関係は気持ち悪い。そんなの絶対に嘘があるから。」と彼女は言う。

私はそいつに関しては大方同意だけれど、仲のとてもいい夫婦関係は存在すると思うし、嘘がない仲良しな家族関係もあると思う。
血縁関係ともなると話が変わってくるけど、それでも仲良しな関係を築ける家庭もある筈だとも思う。

だから、正確には「仲のいい家族関係という輪の中に入っていけない&入っていられない&耐えられない自分が辛い」ってところが本当のところじゃないかなとも思う。

昔の私と今の私は服装以外変わってないと彼女は言ったけど、正確には変わってないわけがない。私は昔と比べたら確実に変わってる。変わってないと言ったのは恐らく卑屈さや寂しさ由来の人への粘着性のことだと思う。

それなら、その粘着性をバランスよくすることが私の課題になると思う。
粘着性は柔軟性にもつながる気がするので無くすという選択肢はない。
もっとうまくやろうと思った。

ついでに言わせれば、もっといい友達をつくって交流もつようにしようと思った。

なんだかんだと友達と思っていたのだけど、あの子とはただの知り合い程度だったみたいだなと思った。

うまく言えないけれど彼女にとって私が重要な人間ではないことがとても悲しかったし、私の人を見る目のなさと見る目のなさを生んだ卑屈な心が情けなかった。

これからは友達は選ぼうと思う。
でも、どういう人がいい友達というものなのかがわからない。


ちょっとのつもりが大掃除。

昨日怒り狂って台所周辺を大掃除した。
見た目変わらんのにごみ袋4袋にもなった。

電気スタンド捨てることにしたら旦那さんが「え!?こんな立派なのすてるの?後悔しない?」ときいてきた。
「前は役に立ってたけど今使わないし、飾りになってるし邪魔だし。必要ならまた買えばいいし。」

~と言うと微妙そうな顔してた。
本や漫画を棄てるときの合計金額と比べたらそんな悩むようなものでもない。

私は家にいる時間が長いので快適さのが大事。
正直旦那さんの着ない服や靴も処分してしまいたい位。
でも旦那さんのものは旦那さんのものなので基本ノータッチ。

それはそれとして、もっと色々快適空間にしたくてたまらない。


頭かっちん

私を思春期みたいとのたまい、アザミを思春期みたいでかわいいとか言いよったおばさんが不快でブロックした。

アザミを思春期ととるのは失礼。
あの花は高潔だ。

あんなにトゲだらけでも根は食べられるし、
スコットランドの国花にもなってる。

私を思春期と言う発言センスも不快で嫌気がさした。

この人は思春期も人も花もなんだと思ってるんだ。